こんにちは1です。
「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」読んでいて心に残った言葉を紹介します。
不安は創造的な行為に打ち込むための燃料に変わる
自分を妨害する行為は、煎じ詰めれば、自分を信じられるか否かという問題に行き着く。
私たちは自分の直感、才能、技術、欲求を信じようとせず、内なる創造のエネルギーの流れに身を任せることを恐れる。
そして、絵を描いたり、物を書いたり、ダンスをしたり、オーディションを受けたりする代わりに、一時的な気晴らしに走る。
そうやって、不幸な自分を演出するのだ。
というのも、幸福であるということは、多くの人にとって、コントロールがきかないリスクの多い状態だからである。
過食、働きすぎ、過剰なアルコールやセックス、その他のドラッグ、いかなる手段であれ、それらを用いて創造的な自分を妨害していることに気づくと、自分が何におびえているのかわかってくる。
そうなると、逃げの手段は効果を発揮しなくなり、私たちは長い時間をかけて、最初はゆっくりとではあるが、不安を乗り越え、前に進みはじめる。
そのとき、不安は創造的な行為に打ち込むための燃料に変わる。
出典 新版 ずっとやりたかったことを、やりなさい。 ジュリア・キャメロン(著),菅靖彦(翻訳)
ぼくの内なる創造のエネルギーの流れに身を任せることは「物を書く」ことです。
最近一時的な気晴らしに走り書くことから逃げていた自分を自覚しました。
一時的な気晴らしに走ることをシャットダウンするには、ノイズの少ない環境に身を置くことが大切です。
できうる限りノイズの少ない環境に身を置く時間を長くして行きます。
また働きすぎからくる過食と過剰なアルコールを選んでしまうときがあります。
これは「物を書くことを毎日せず溜め混んでしまう」ときに発生します。毎日たんたんと書き続けることで回避して行きます。
名声は精神的な麻薬
名声は精神的な麻薬である。
それは芸術作品の副産物としてもたらされることが多いが、核廃棄物のように、きわめて危険な副産物にもなりうる。名声への執着は、自分の将来を心配する「不安症候群」を生み出す。
というのも、名声にこだわる人は、作品の出来を心配するのではなく、作品が他人にどう見られるかを心配するからだ。
作品のよしあしは、作品そのものの質によって決まる。ところが、名声にとらわれると、演技のために演技をするのではなく、有名な俳優になるために、演技をするようになる。
書くことが好きだから書くのではなく、認められたいがために書くようになる。
人間は誰しも認められたいという願望を抱いている。だが、アーティストはいつも認められるとはかぎらない。そのため、名声にとらわれると、たえまない欠乏感につきまとわれることになる。
私たちはなによりも、今日は執筆がどれだけはかどったか、締め切りに間に合うように原稿を郵送したか、知り合いの輪を広げる努力をしたか、といったことをしっかり自分に確認しなければならない。
ところが、他人との競争に心を奪われてしまうと、自分の足元が見えなくなってしまうのだ。揚げ句の果てに、自分が後れをとっている言い訳を探すようになる。
「他の人がやってしまったことを、いまさらやってもしようがないわ。みんなコネがあるのよ。父親が金持ちだったり、エリートの出なのよね。なにしろ寝ていてもトップに上りつめられる連中だから・・・・・・」
競争心は、創造性を妨げる多くの障害の足元に横たわっている。創造に携わる者が焦点を当てなければならないのは、今、何が流行しているかではなく、自分の内面が何を語りたがっているかである。
作品が時代に先行していようがいまいが、注目されるときには注目されるのだ。
他人が先に行っていようが、どう評価されていようが、そんなことは考えるだけ無駄である。
出典 新版 ずっとやりたかったことを、やりなさい。 ジュリア・キャメロン(著),菅靖彦(翻訳)
【名声にこだわる人は、作品の出来を心配するのではなく、作品が他人にどう見られるかを心配するからだ。】
私たちはなによりも、今日は執筆がどれだけはかどったか、締め切りに間に合うように原稿を郵送したか、知り合いの輪を広げる努力をしたか、といったことをしっかり自分に確認しなければならない。
プロダクトアウトで競争はせずきちんとやることをやり続ける。自分にしっかり確認して毎日を歩んで行きます。
本日も「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」読んでいて心に残った言葉を紹介しました。
最後まで読んで頂きありがとうございました!

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